卒業論文のことをなんだと思ってるんだ。

――何を書こうか。こんな言葉は、どうだ。『愛は、この世に存在する。きっと、在る。見つからぬのは、愛の表現である。その作法である。』(太宰治「思案の敗北」、『もの思う葦』所収、角川文庫、六三頁)

――哲學全般はただこの最高の表現を見出すことに向かつて努力するのである。(シェリング西谷啓治訳『人間的自由の本質』、岩波文庫、二〇版、四五頁)

 

 

零.あまりに冗長な懺悔録
 ――ハルデンベルクは恋をした!しからば誰に?ゾフィーに!そして、より遠く、世界全てに!――
 彼は運命と偶然にもすれ違った病者ではなかった。彼は運命と偶然にも行き当たり、それを純粋な世界への信仰、愛へと紹介せしめた。つまるところ、彼、ノヴァーリスはいつも恋する人であった。けれども、肉体は28年でその活動を停めた。ただそれだけのことなのである。その人生はどこまでも健やかでで、喜劇的であった。「肺病の灰色」などと揶揄される翳りはなく、どこまでも喜ばしき旅路を、彼は、――。
 「私は、いま、多少、君をごまかしている。」げに。嘘はよくない。肉体が活動を停めるということは、どこまでも、そこらの機械が故障することに似る。いや、じじつ、同じことなのかもしれない。だけれど、それではあんまりだ。彼は早逝した。きっと、大きな悲しみが多くの世界に生まれただろう。そのことは、否定しえないことだ。
 冒頭に掲げたいことばは、たくさんあった。けれども、敢えてそのひとつに太宰を選んだ。僕は太宰が嫌いだった。それは、高校の恩師に影響されてか、感傷ぶって、気障なようすで教科書に写る彼からか、あるいは、その両方によるのか。もしかすると、同じく太宰を忌避した三島と同じようなものだったのかもしれない。自殺とは、肉体であることから敗退することだ。けれども、太宰は、悪意に蓋われたこの世に絶望しながらも、どこまでも「愛すること」を表現しようとしたのだと思う。じじつは知りようがないし、知りたいとも思わないが。その健気さに僕は背中を押される。「愛すること 叶わなくとも だろう?」――げに。
 ここで思い出したのが、その次に掲げたシェリングの文句だ。不真面目な学生であった僕は、講読にはわけも分からず、翻訳もその場しのぎで参加していた。受け容れて下さった先生には頭が上がらない。けれども、彼のいうことは今分かるような気がしている。彼は「意欲wollenが根本存在Urseinである(前掲訳書、四五頁)」といっているが、ここにいう「意欲wollen」は太宰のいう「愛」ではなかろうか。傍証はもちろん提示できないが、しかし、僕にはそう諒解される。「愛することと、それを身振りすること」。真だとか善だとか美だとか、そういうふうに凝結したことばではなくて、哲学Philo-sophieの本義はそういうふうにもいいうるのじゃないだろうか。そして、そういうことをしないのならば、それはライオンに出会したら喰われてしまう、かよわい獣だろうし、来るべきシンギュラリティによって、機械になり変わられてしまう、出来損ないの計算機だろう。
 ながながと、まるで博論本のあとがきのような――いやもっと感傷的だ。太宰にでもなったつもりなのか?――文字を連ねた。けれども、それなりに真剣に書いたこんな、路傍の電柱に張り付いた広告のような文章も、愛することが叶えば、きっとはしごのように抛擲たれるべきものだろう。ゆえに、僕はここではハルデンベルクとともに種を播く。いつかきっと、誰もが優しく、素直になれる世界が到来することを信じて。